マネジメント・リーダーの基礎知識

ティーチングとコーチングで行う人材マネジメント

1、人材マネジメントでは「目的・対象・手段」の視点が大事

 従業員を育てるという文脈においてティーチングとコーチングが注目されるようになり、現在では馴染みのある言葉になっていると思います。皆さんも色々なところでティーチングやコーチングに関する記事や研修に触れたことがあるかもしれません。

 この両者は一言でいってしまえば人材マネジメントにおいてその相手となる人に対して用いる関わり方の“手段”です。しかし、実際の人材マネジメントにおいては“手段=How”を理解しただけではあまり意味がありません。大事なのは「何に対して」という焦点を当てる“対象=What”と、「何のために」という“目的=Why”があって初めて“手段”を使う意味と価値・効果が生まれてくるのです。

 例えば、皆さんがある料理のレシピ(=手段・方法)を覚えたとします。しかし、そのレシピに基づいて料理を作ったとしても、家族や恋人、自分という料理を作る“対象”がいた上で、「家族・恋人と美味しい料理を食べて幸せな時間を過ごす」「自分の食生活を改善して健康になる」といった“目的”と合致しなければレシピの価値が発揮されない、といったイメージです。

 ですから、今日はティーチングとコーチングとは何か、ということはざっと概観を掴むにとどめ、この“手段”を活用しながら “対象”と“目的”を明確にして、介護現場における人材マネジメントに活かせる道筋を考える内容にしていきたいと思います。

 

2、手段としてのティーチングとコーチング

 まずティーチングとコーチングの違いをまとめてみます。

 

性格

主な対象

目的

ティーチング

教示、指示、

命令

新人、役職新任

実務遂行、問題解決

「事柄」に焦点

コーチング

内省、振り返り、視点の切替

中堅、ベテラン

その人の可能性の拡大

「人」に焦点

 ティーチングは新人や新任リーダーなど、期待される役割や実務能力が十分ではない人を主な対象としています。実際に求められる仕事をできるようになることや、わからないから前に進めないということについて具体的な解決手段を教えるといった場面で使われます。求められる仕事や解決すべき問題などの“事柄”に焦点を当てていることがポイントです。

 コーチングはある程度の実務能力や経験がある人に対して、その人が振り返りや内省できるように問いかけをしたり、より良いあり方を考えられるように促すことでその人自身が可能性を広げられるようにする関わりです。その人自身の中に答えがあるというスタンスで“人”に焦点を当てていることがポイントです。

 ティーチングとコーチングは二者択一ではありません。どちらも使いながら関わっていきます。ただ、次にご紹介するWill Skill Matrixのようなフレームで考えてみるとどのように使い分ければ良いのかと言う一つの基準として参考になると思います。

 このフレームはWill(やる気やモチベーション)とSkill(スキル、専門性、実務能力)という2つの軸で、人材の状態を捉えるものです。スキルが低い人にはより具体的な指導が必要なティーチングの比重が高くなります。そしてモチベーションが低い、または一定のスキルを有している人などにはコーチングの比重が高い関わりが良いかもしれません。あくまでも考え方の一つですが、ティーチングとコーチングの違いをおさえながら時と場合と相手によって上手に使い分けることが重要だということですね。

3、人材マネジメントの対象は実務能力、倫理観、働き方の3つ

 さて、続いてティーチングやコーチングを用いて焦点を当てる“対象=What”について考えていきましょう。その対象は知識・技術・ルールなどの「①実務能力」、専門職としての「②倫理観」、そして労務管理としての「③働き方」の3つです。この3つは介護人材が専門職として組織で働くために重要な3つの要素です。この3つに対して、ティーチングではより“事柄”に焦点を当てますし、コーチングでは“人”に焦点を当てていきます。それぞれの具体例をティーチング、コーチングの両方から見てみましょう。

 「実務能力」を事柄で捉えると、オムツ交換のやり方や、記録の方法といった実務で必要な力そのものになります。こうしたことはティーチングが向いています。逆にコーチングではより良いオムツ交換の方法を考える、リーダーにチームビルディングを進めるためのアイディアを考えるよう促すなど、実務を進める人に焦点を当てている関わりが挙げられます。

 「倫理観」を事柄で捉えると、経営理念や介護の倫理綱領などを具体例を示しながら教えると言うことになります。コーチングでは、カンファレンスや事故の振り返りなどを通じて、自分達が目指す介護理念をどうすれば実践できるかを考えさせたり、その考えを具体化させるような後押しをすることなどが挙げられます。

 「働き方」を事柄で捉えると、勤怠の付け方や、シフト希望の提出期限など、働き方や労務そのものに関わる内容を教えるティーチングが重要です。対してコーチングではより働きやすい職場づくりや一緒に働く従業員同士の人間関係を向上させることを促すことなどが向いていると言えます。

 いかがでしょうか。ティーチング、コーチングは主に「実務能力」の部分に使うことをイメージする方が多いと思いますが、介護人材は実務能力だけでなく、共に働く組織の一員として、組織が目指す目標に向かっていけるよう育成しなければなりません。育成する人のどの部分(対象)にどのような関わりが今必要で有効なのかをきちんと理解した上で関わることが大事です。特に新人さんなどには、実務能力、倫理観、働き方それぞれのティーチングが最初にきちんと行われていないことが少なくありません。それぞれの状態像をWill Skill Matrixなどで把握しながら、適切な“対象”に適切な“手段”を用いていきましょう。

 

4、目的は業務支援、内省支援、精神的支援

 さて、最後は“目的=Why”についてです。育成する側である人(あなた)が今目の前の人に対して何を目的にティーチングやコーチングという手段を用いるのかを明確にするということです。
介護現場における人材育成における目的は大きく「業務支援」「内省支援」「精神的支援」があります。一つずつ見ていきましょう。

 「業務支援」は3で述べた「実務能力」とほぼ同意です。つまり求められている仕事や役割を実際に進めることができるようにするという支援です。

 「内省支援」は自分自身を振り返らせ、前に進むためのヒントを見つけられるような支援です。主としてコーチングが使われますが、例えば同僚との関わりに悩んでいる人に対して「あなたが改善すべき点もあると私は思っていて、それは◯◯というところです」というように具体的に教示するティーチングを使うこともあります。いずれにせよ、停滞していたり、空回りしていたり、ステップアップするといった段階にいる人が内省できるようにする支援です。

 「精神的支援」はその人の不安や悩みを緩和させたり、承認欲求や所属欲求を満たしたり、安心して働くことができるような支援です。例えば妊娠したスタッフに対して育産休や各種制度について具体的にティーチングすることで働き続けるための精神的な安心感を得ることができるでしょう。コーチングによってその人が感じている不安を言語化するお手伝いすることも精神的支援の一つの関わりです。

 “目的”が重要なのは、相手にとって今業務支援が必要なのか、内省支援か、精神的支援か、あるいは全部か、という行う支援についての確信と目的意識があって初めて相手にそれぞれの支援を行う価値が生まれるのです。

 例示したものでいえば、初めての妊娠で就労の継続や現場で迷惑をかけてしまうかもと不安を感じている従業員がいたとしたら、精神的支援を目的として働き方を対象にティーチングを行うことや、本人と共に現場の責任者やチームで業務をどうカバーするかという業務支援の実務能力をコーチングで考えたりすることが具体的に思い浮かびます。

 このように、ティーチングとコーチングはその手段としての性格にばかり注目が集まりますが、大事なのは場面や人によって使い分けられる力です。そのために必要なことが“対象”と“目的”を明確にしていくことなのです。これにより、適切な“手段”を選択することができるようになってきます。

5、まとめ

 ティーチングとコーチングは介護現場においても人材マネジメントでとても使える“手段”です。しかし、その技法を覚えるだけでは意味がありません。向き合う相手の何に(対象)、なぜ(目的)関わるのかということを明確にすることで、“手段”としての効果が発揮されるのです。

 毎回これらの切り口を意識しながら使い分けることは難しいと思いますが、ティーチング、コーチングをうまく使いこなせているかどうかを振り返る際は、この視点で振り返ってみると何か気づきがあるかもしれません。

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